コラム

自分と折り合いをつける。とはどういうことか考えた

欠点のかたちを知るということ

どうやっても他人と比べて勝手に落ち込んだり、人に感情をぶつけてしまうことがある。

頭では理解してる。わかってるつもりのことばかりなのに、なんでだろう?!って本気で思った。

思ってなやんでもがいた結果

これがきっとわたしの欠点であり
長所にも繋がっているところなんだろう。

そんなふうに折り合いをつけるという道もあることに気づいたのです。

最近はじぶんのダメなところとか、至らないところを
直そう、穴を塞ごうとするよりも

その欠けた部分の形を正しく認識すること。

こっちのほうが、大事だなと思うようになった。

たとえば機嫌が悪いときや、スランプになったとき
どういう思考になるのか。そしてどんな行動をとることが多いのか

どうすればその気持ちは落ち着くのか。

そんな自分の取扱説明書みたいなのをつくっておくだけで、ずいぶん楽になれる。

心の穴が空いている 穴を塞ぐんじゃなくて、受け皿を置こう

きっとこれが自分と折り合いをつけるってことだと思う。

だいたい欠点って直そうと思って治るものでもない

分かっててもどうにもならないことが
つまりその人の性質だ。

それを無理やり改善するよりも
だましだましでもいいから
自分も周りも心地よく過ごせる方法を見つける方が

ずっとずっと生産性があるなと思う。

これって
相手に求めるものでも無いし、自分で対処するしかない。

  • ストレスが溜まったとき、機嫌が悪いとき
    どんなふうになるかを知る=茶碗の穴(欠点)の場所と形を把握する
  • その下に受け皿を置いたり、傘さしたりする
    自分なりの対処法をつくっておく

ポイントは穴をふさごうとしないことです。

結局あふれてきますから(^ω^)

文章って残るのがいいよね

そのとき考えたこと、悩んでたこと、
人に言われて影響受けたことも丸わかり。

なんだかんだ、変わらないところも丸わかり。

そのときの感情って、間違いなく生ものだ。

日が経つにつれ忘れていくし、記憶の輪郭がぼんやりしていく。

ほとんどのことはそれでいいと思う。
全部なんて覚えてらんないし、脳みそパンクしてまう。

でも、たまにある強烈な感覚とか
忘れたくない、覚えておきたい記憶もある。

だいたいそれって、楽しくてキラキラしたようなものじゃなくて

自分の本質的なところだったり
ほんとうに辛かったこととか
どことなくもやもや、ドロドロした感覚がきっかけであることが多い。

「違和感」という言葉が今のところしっくりくる。

自分のなかの違和感を忘れないための記録。

そんな文章があってもいいんじゃないかな。とふと思って帰宅ラッシュの千代田線の中よりお届けしました。

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