コラム

良いものを応援する美学

応援する美学とは?

夢のほとんどは叶わないし
報われない努力も存在する

これはただ進む道が険しい。と言っているのではなく

夢や理想を追いかける姿勢そのものが
大きな価値であるというメッセージだと私は思う。

綺麗ごとでお腹はいっぱいにならないが

綺麗なものが綺麗に見える目を持っていたい
良いものは良いと、判断できる感性を持っていたい。

それだけはブレたくないと思っている。

だから誠意を持って、良いものにはお金を使うし
応援するし、メッセージや言葉を贈る。

人におすすめするし、プレゼントする。

相手の投げる創造と表現のボールを、なんらかの形で投げ返すこと。

これを私は良いものを応援する美学と名づける。

良いものには、良いと伝える

いまは昔よりずっと簡単に
良いものに対して「いいね」を送れる。

私だって、インスタのいいねが
15個のときよりも20個のときのほうが嬉しい。

人から見たら大差ないかもしれないけど
この数票の差はなんだろう、なんでだろうって考えるし、

なにか見出そうとする。

売れてるものが唯一の正義とは思わないが
良いものはどんどん応援されて、
広まるべきだと思っている。

だから自分の作品に反応があると
無条件に嬉しいのだ。

わたしにはまだ、批判とかいわゆるアンチと呼ばれるような
悪口をわざわざ投げつけてくるような人は周囲にいない。

けどきっとそんなのでも、なにも無いよりはずっと
意味がある、と思っている。

なぜなら、
表現は戦いだから。

なにを選んできたのか、それも立派な表現。

自分という人間として、
時には世間よりも自分を優先して
世の中を生きている人たちを

私は肯定してるし、応援している。

そして私自身もそういう人であり続けたいと強く思っている。

10人に投げて、9人に無視されても
1人に突き刺さるなにかを、投げ続けたい。

文字を書いたり、絵を描いたり、
人によってはそれが漫才かもしれないし、歌や芝居かもしれない
焼き鳥かもしれないし、洋服かもしれない。

遊びに行く場所、身につけるもの、働く環境

仕事とか趣味とか関係無く

あなたが選んできたもの

その一つ一つが、世の中へのアンサーだ。

だから誰しもが、表現者であると私は思う。

表現は、そんな小さなボールを延々と
毎日のように投げ続ける積み重ねだ。

気付いたらその積み重ねが
想像もしなかった景色を見せてくれたりもする。

その瞬間、ああ無駄じゃなかったんだな
やってて良かったなって、やっと思える。

そんな気の遠くなるような、
物好きの世界を選んだ自分を

いまは誇らしく思っている。

みんなに好かれなくてもいい
ただ好きになってくれる人には
めちゃめちゃにでろでろに愛されたい
そんなエゴが私を支えているのだ。

作品の持つ可能性と、力

表現という孤独な戦いだからこそ
誰にも邪魔されない、素晴らしい世界だとも思っている。

しかもそれが刺さる人にとっては
生きる希望になったり
立ち上がるエネルギーになったり
コンプレックスをバネにする力だったり

とにかく
作り手が想像する以上の力=可能性を持っている。

わたし自身、何度も誰かの作品に救われて今までやってこれた。

受験のとき心の支えになった音楽があるし、失恋して死にそうなときに救ってくれた文章があるし、学校で友達関係が上手くいかないときの避難場所は、いつも図書館だった。

不安で、目の前が真っ暗で
出口のない迷路の中にいるんじゃないか。
なんて感じることも少なくないけど

こんな創造と表現の世界の素晴らしさを
再確認するタイミングもあるのだ。(だから文章にした)

グレーだって、目を凝らせば
白と黒の集合体で

さらに細かく見ると、青やピンクも混ざっている。

良いもの。良くないもの。
好きなもの、苦手なもの。
世の中にあるたくさんの表現のなかに
自分なりの基準を持つこと。

これもきっと感性を磨くひとつの指針になる。

だから今日も私は
好きなものは好きって伝えるし、広めるし、全力で応援するのだ。

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